「若手医師を育てて、格差をなくす」――内視鏡の“ゴッドハンド”が変える離島医療

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映像クリエイター : 藤原淳

「離島の患者さんが治療を諦めて亡くなっていくなんて、悲しすぎる」。大阪にある岸和田徳洲会病院の内視鏡センター長・井上太郎さんは、医療チームを作り、全国で年間約3万6000件の早期がん治療を行っている。特に力を入れているのが離島医療だ。「研修医時代、奄美大島で初めて医療格差というものがあるのを知った」。地域差なく内視鏡治療を行うためには、人材の育成が必要だ。井上さんは若手医師をどのように育て、医療格差をなくそうとしているのか。その姿を追った。

ゴッドハンド”のスキルを離島へ

2014年、山本洋士さんは、衰退していく地元の一次産大阪府南部に位置する岸和田徳洲会病院。年間9000件ほどの救急患者を受け入れ、病床数は約350を数える大病院だ。そこで副院長を務めるのが内視鏡医の井上太郎さん(47)。井上さんは国内有数の約35人からなる大規模な内視鏡チームを指揮し、その“ゴッドハンド”で数多くの患者を救ってきた。

「今日は喉にある早期がんの治療。外科手術だと声帯を取ってしまい、声を失う可能性もありますが、内視鏡だとがんだけの切除も可能です」
井上さんが行う内視鏡治療とは、体に負担の少ない最先端医療だ。小さなカメラを搭載した管(スコープ)を口や肛門から体内に入れ、内部の様子を見ながら管についている小さなナイフで、粘膜にある早期がんを切除する。

「普通なら切るのを躊躇する場面でも、迷わずナイフを入れることができる」。井上さんの治療を見学する若手医師は、その技術に舌を巻く。
特徴は、内視鏡を自分の体の一部のようにコントロールする“手技”。そして、体の内部を頭の中でイメージし、腫瘍や血管の場所が見えづらくても、感覚的に場所を特定する“千里眼”だ。

「胃や大腸に比べて喉は空間が狭い。視野も確保できないし、手技も難しくなる」
井上さんはそう言いながら、治療を進める。2時間半をかけ、声帯を守りながら、喉にある早期がんの摘出に成功した。

井上さんは後進の育成に力を入れている。その理由は、医療格差をなくすためだ。
「離島では、都会で当たり前だと思っている医療が受けられない。離島の患者さんが治療を諦めて亡くなっていくなんて、悲しすぎるじゃないですか」

ひとりでも多くの患者を救うため、内視鏡の技術を離島に運ぼうとしている。後進を育て、現在約35人の内視鏡チームを100人規模にすることが目標だ。
「自分ひとりでは限界がある。未来永劫続くような医療体制をつくるべき。でも、治療においては患者さんに負担をかけないということが第一前提です」

井上さんは若手医師と一緒に、全国を応援診療する日々を送る。若手にどの程度任せるかは、日々悩んでいるという。

医療格差を知った、研修医時代の経験

井上さんが離島医療に携わるようになったきっかけは、研修医時代にあった。趣味のサーフィンができるという軽い気持ちで、研修先に鹿児島県の喜界島を選んだ。島の病院に勤務していた時、深夜に救急外来の患者がやってきた。患者は吐血していて、井上さんは「すぐに輸血の準備を」と地元の看護師に伝えた。しかし、島には血液製剤などが常備されていなかった。

井上さんは内視鏡で胃内の出血を止めようとしたが、当時は内視鏡技術も不足していたため、止血できなかった。朝まで待って、自衛隊のヘリで施設の整った病院に救急搬送するしかない。

「何かできることはないか」と右往左往していたところ、島の住民たちが病院を訪れ、「自分たちの血を患者のために使ってくれ」と申し出てきた。井上さんは「生血輸血などはるか昔の話で、無理だ」と思った。ところが、看護師から「島ではこうやって命をつないでいるんです」と聞かされる。生血輸血をし、患者は搬送先の病院で内視鏡治療を受けた。

この経験により、井上さんは内視鏡技術を離島に運び、医療格差をなくそうと決心する。

10年かけて身につけた技術を、次の世代につなぐ

井上さんは今でも、1カ月に1度、志を持つきっかけとなった鹿児島の離島を訪れている。同行するのは、7年目の若手内視鏡医・露口恵理さん。今回二人がやってきたのは、人口約2万4,000人の徳之島だ。病院に到着するなり、現地スタッフから医療器具の不足を伝えられる。井上さんは落ち着いて、「あるもので治療しよう」と返答。器具などが十分でない状況下でも、内視鏡で早期がんを素早く切除していく。

一方、露口さんは、腸にある早期がん治療に悪戦苦闘。入り組んだ場所にあった病変を見失ってしまい、隣で指導していた井上さんと交代する。
「内視鏡は一方向からの視点しかない。それをもとに腸内を3Dで思い描くには、経験が必要」。井上さんは治療後、露口さんの課題を語る。
その後、同じく鹿児島の奄美大島を訪れた井上さん。奄美大島には、がん治療のために200キロ離れた与論島からやってくる患者もいる。

「今日の治療は6件。1カ月に一度だと、1日でこれくらいの患者さんを診なくてはならない」
近年、井上さんたちの内視鏡治療によって、鹿児島や沖縄の離島で暮らす多くの患者が早期がんの段階で快復し、進行がんの割合が劇的に減ったという。もし島外で内視鏡治療をしようとすれば、それだけ費用もかさむ。

井上さんは、露口さんを指導しながら夜8時まで治療を行う。
「ままならず、すいませんでした」。治療を全て終えた露口さんが頭を下げる。体の内部を立体的にイメージするスキルだけでなく、内視鏡の操作にも課題があるという。露口さんは今回の治療の動画を見て復習し、次の治療に活かしたいと意気込む。

「なるべく若手の医師に治療をやらせてあげて、どこがよくなかったのかを振り返ってほしい。丁寧に教えて、自分が10年かかってできるようになったことを、次の世代が2、3年でマスターすれば、技術はどんどん上がっていく」
井上さんは指導理念を語りながら、露口さんへの期待を込める。
「離島に限らず、都会にも医療格差は存在している。こっちの病院では治療ができて、あっちの病院ではできない。そういったことをなくすためにも、医師を育てて技術を高めていかなくてはならない」

井上さんは後進を育てながら、医療格差の解消に向けて、これからも内視鏡を握り続けていく。

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